
主祭神
しゅさいじん
応神天皇
ŌJIN TENNŌ
第十五代の天皇と伝えられ、御母・神功皇后とともに朝鮮半島・大陸との交流を促された大神。 崩御の後、広く「八幡大神」として奉斎され、全国の八幡社の主祭神として崇敬を集めています。 武運・安産・国家鎮護、そして人々の暮らしの安寧を静かにお見守りくださいます。
ENSHRINED DEITY
武運長久・国家鎮護の大神、応神天皇を奉斎する。

第十五代の天皇と伝えられ、御母・神功皇后とともに朝鮮半島・大陸との交流を促された大神。 崩御の後、広く「八幡大神」として奉斎され、全国の八幡社の主祭神として崇敬を集めています。 武運・安産・国家鎮護、そして人々の暮らしの安寧を静かにお見守りくださいます。
上図の通り、応神天皇は仲哀天皇と神功皇后を父母とし、生後ほどなくして父帝を喪われ、母皇后の摂政の下、皇位を継承されました。崩御の後、八幡大神として奉斎され、母である神功皇后、並びに比売大神と共に、三柱一体の神格として全国の八幡社に祀られることとなりました。
「八幡」の神は、もとは宇佐(現・大分県)に鎮まり、奈良・平安の世を経て東大寺の鎮守、さらに石清水八幡宮・鶴岡八幡宮を通じて全国へと広まっていきました。
とりわけ源氏が氏神として仰いだことから、中世以降は武家の守護神として尊崇され、武運・勝運の御神徳で名高い大神として知られるに至ります。江戸期には庶民の信仰にも深く根を下ろし、人生儀礼・年中行事の中で親しまれてきました。
当社もまた、古くよりこの松見の高台に鎮まり、旧西寺尾村の鎮守として武家のみならず農民・町民の信仰を集めてまいりました。時代を超え変わらぬ祈りが、今日まで途切れることなく受け継がれています。
八幡信仰の総本社は大分県宇佐の宇佐神宮。宇佐より石清水八幡宮(京都)、鶴岡八幡宮(鎌倉)へと広まり、今日全国に四万余社を数える八幡神社の系譜を形成しています。